髙山誠賢

髙山誠賢(たかやま せいけん 本名・姜義幸、通名・髙山義友希(たかやま よしゆき) 1957年1月23日-)は日本のヤクザ。指定暴力団・八代目会津小鉃会長。

人物

略歴

  • 1982年(昭和57年)、東海大学教養学部卒業後、地元の信用組合滋賀商銀(現・近畿産業信用組合)へ入組。退職後、父・髙山登久太郎の権威を頼りに建設業や金融業等を営んでいた。やがて不動産事業を通じて計画した石垣島でのリゾート開発が失敗した事で数百億円の負債をつくり、それが会津小鉄会内における髙山登久太郎の権威失墜を招き、引退に追い込んでしまう。
  • 1997年(平成9年)、父・髙山登久太郎が引退すると、地元有力関筋との間で不和が多発する様になる。
  • 2002年(平成14年)7月、自伝「忘れかけたら初心にかえる」をぴいぷる社より出版した。
  • 2003年(平成15年)、弘道会会長・司忍の舎弟盃を受けて弘道会に加入、滋賀県大津市に自ら淡海一家を旗揚げして渡世入り。
  • 二代目弘道会では舎弟頭補佐を務めた。
  • 2009年(平成21年)1月、二代目弘道会から内部昇格で六代目山口組若中に昇格し、滋賀県初の直参組長となった。
  • 同年12月、建設会社の代表から4000万円を脅し取った恐喝事件の共犯として、髙山誠賢が指名手配された。
  • 2010年(平成22年)4月、恐喝事件の共犯として、京都府警に組織犯罪処罰法違反の容疑で逮捕された。
  • 2015年(平成27年)6月、髙山誠賢は一貫して無罪を主張したが、最高裁で懲役8年の実刑判決が確定した。
    その後、腎不全により健康状態がすぐれない事から収監が見送られていたが、虚偽の診断書による収監逃れが取りざたされた。
  • 2017年(平成29年)2月、髙山誠賢は出頭し、大阪刑務所に即日収監された。
  • 2023年(令和5年)8月4日、懲役8年の刑期であったが未決拘留日数560日が刑期に算入され、約6年半で大阪刑務所を満期で出所。保釈期間はあったものの、2009年に指名手配され、山口組の定例会等に出席出来ない状況が続き、13年8か月ぶりの復帰となった。
  • 2024年(令和6年)3月29日、山口組執行部会で組織委員に就任した。
  • 同年9月、髙山誠賢は六代目山口組若中・組織委員、淡海一家総長であったが、淡海一家と共に七代目会津小鉄会に転出し、若頭・上野 隆淡海一家の二代目を譲り、会津小鉄会の八代目継承が決定した。
  • 同月30日、髙山誠賢の会津小鉄会八代目継承式が執り行われ、七代目・金子利典との養子縁組と同時に、会津小鉄会の八代目を継承した。
  • 2025年(令和7年)、組織名称を「会津小鉄会」から「会津小鉃」(「鉄」は「金に失」から「金に矢」)に変更した。


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