宅見勝

宅見 勝(たくみまさる 1936年6月22日-1997年8月28日)は日本のヤクザ。元指定暴力団・五代目山口組若頭、宅見組組長。

人物概要

略歴

  • 1956年、博徒・土井組系川北組幹部と親しくするうちに川北組若衆への誘いを受け19才で渡世入り。
  • 1962年、土井組が抗争などによる警察の集中取り締まりを受け解散。

山口組

宅見若頭射殺事件

  • 1997年7月、当時の中野会若頭補佐・吉野和利が総指揮をとり、東京と大阪の中野会傘下組織から、宅見勝の動向を探るための偵察部隊と襲撃するための襲撃部隊をそれぞれ選抜。
  • 同年8月28日午後3時20分ごろ、山口組総本部長・岸本才三(後に最高顧問)と、副本部長・野上哲男(後に最高顧問)と共に、昼食を摂るためJR新神戸駅に隣接する新神戸オリエンタルホテルのティーラウンジの一番奥まったテーブルに着いた。
  • その直後、中野会傘下の襲撃部隊が宅見勝を銃撃。
    宅見勝は38口径と45口径の拳銃で計7発の銃弾を受け、救急車で神戸市立中央病院に緊急搬送されたが、約1時間後の午後4時32分に同病院で死亡した。
    同席していた岸本才三野上哲男は無事だった。
  • 事件から3日後に中野会は破門。
  • 事件当時、隣のテーブルに座っていた一般人の歯科医師の男性が、流れ弾に当たって重傷を負っていたが、6日後の9月3日に死亡した事で絶縁となった。
    宅見若頭射殺事件を参照。


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