片岡昭生
片岡昭生(かたおか あきお)は日本の元ヤクザ。元指定暴力団・五代目山口組・三代目山健組本部長、片岡組組長。
略歴
- 1945年生まれ、兵庫県神戸市の出身。
- 1975年頃から三代目山口組と松田組の抗争『大阪戦争』が勃発し、片岡は抗争に参戦。
- 1976年10月03日、大阪の日本橋筋商店街で松田組傘下の大日本正義団の吉田芳弘?会長(当時36歳)が、待たせていた車のドアを開けようとした所、佐々木組組員2人組によって射殺された。片岡はこの『日本橋事件』の首謀者とされ、1976年から1987年までの11年の長期服役した。
- 1988年、片岡は二代目山健組組長・渡辺芳則の舎弟となり山健組に移籍。
- 1989年に三代目山健組が発足すると桑田兼吉組長の下で三代目山健組本部長に就任し、片岡は絶大なる権力を誇示していた。片岡自身は山口組本家の直参を目論んでおり、渡辺五代目親分に直接進言していたという。ここで三代目山健組内部で片岡の行動に不信を抱く派閥が出来上がった。
- 覚醒剤取締法違反で逮捕され絶縁、後に不起訴処分となったが、処分は覆らなかった。
- 2015年09月、六代目山口組が分裂し、六代目山口組の二次団体『三代目司興業』顧問に迎えられ渡世に復帰したが、志半ばで引退した。
- 古川組若頭・入江秀雄?と兄弟分。
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