東組 二代目東組(あずまぐみ)は大阪府大阪市西成区山王1-11-8に本部を置く指定暴力団。 #ref(東組.jpg,right,nolink,nowrap,東組) [#h785b6f9]
東組 二代目東組(あずまぐみ)は大阪府大阪市西成区山王1-11-8に本部を置く指定暴力団。 #ref(東組.jpg,right,nolink,nowrap,東組) [#n1571d0e]
主な施設
本部 - 大阪府大阪市西成区山王1-11-8
二代目本家 - 大阪府大阪市住吉区長居東3-15-6 703号
旧二代目本家 - 大阪府富田林市大字横山271
旧二代目本家 - 大阪府堺市西区草部7-5 601号
旧二代目本家 - 大阪府大阪市西成区山王1-7-18
初代本家 - 大阪府大阪市西成区太子1-10-18
略歴
- 初代の東清は池田組内信貴組の幹部だった。
- 1960年頃、信貴組の解散に伴い西成を本拠地として「東組」を結成。
- 1973年頃には120名を数えるまでになっていた。
- 1973年、山口組・山健組と抗争 -1987年には、四代目山口組・杉組・須藤組と泉州抗争を引き起こした。
- 1983年、五代目酒梅組と新大阪戦争を引き起こし、山口組などの傘下に収まることもなく、結成から常に独立を貫いた上に他団体との縁組も行わず、孤高の少数精鋭・喧嘩の東などと謳われ、その後山口組系と数々の抗争事件を引き起こした。
- 1993年8月、暴力団対策法に基づく指定暴力団に指定。
- 森田組組長・森田至郎が組長に就任したが、その後引退。
- 2010年、若頭滝本博司が二代目を継承。東組本家から二代目東組に改称。 -二代目体制では、副組長に長期服役中の二代目清勇会会長・川口和秀、若頭に三代目森田組組長田村順一が就任し、舎弟頭には二代目関谷組組長・西川英男?、本部長には赤松会会長・赤松國廣、若頭補佐には大侠会会長、後に四代目関谷組を継承する木村雄治、司成会会長・土方基成•二代目滝本組組長中江常雄•二代目久雅会会長久住修元•二代目赤松組組長横山定光そして、長期服役中の川口和秀の代役として東組本家と二代目清勇会の繋ぎ役として本家付に肩を並べていた二代目清勇会若頭田中組組長田中明彦が執行部として最高幹部に名を並べたが、川口和秀が長期服役中の為、盃は飲まず出席し、この二代目体制は、五代目酒梅組との新大阪戦争や、四代目山口組系杉組との泉州抗争等に参加した組員が執行部入りを果たした。
- 2011年、二代目清勇会会長川口和秀が社会復帰を果たし東組総長東清との盃直しが行われ、副組長には同席、二代目清勇会会長川口和秀、執行部であった二代目清勇会若頭田中組組長田中明彦は若頭補佐として就任。二代目清勇会若頭大野大介、田中組若頭橋本登志朗、二代目赤松組若頭宮脇信行が本家付に就任した。
- 2014年、総長東清が死去。 東清の本葬儀には全国の指定暴力団・21団体の代表者が弔問に訪れた。
- 2021年11月、三代目継承問題で、当時服役中だった川口和秀と滝本博司との三代目継承の約束が果たされていない事や、川口和秀が長期服役中の時に清勇会に明かりを灯してきた功労者が報われず、滝本組出身者の者が優遇される人事においても、事始めの前に川口和秀と田村順一が滝本博司及び執行部へ異議を唱えて、主に滝本組出身者の執行部との内部分裂が生じた。当初、この異議に対し中立派であった土方基成の仲裁の上、執行部は副組長川口和秀並びに若頭田村順一を舎弟へ降格と決議されたが、川口和秀が「東清総長の盃は呑んだが滝本博司の盃を呑んだ訳ではない。二代目清勇会は東組の分家であったことから、独立組織とする」との申し出に、滝本博司、川口和秀、中江常雄等が、清勇会初代・東勇宅を訪ね(東勇は滝本博司の元親分でもある。)しかし、東勇の回答は、(二代目体制になり総長の盃を呑んだ事は滝本の盃を呑んだ事と同じ事であり、それはヤクザと筋が通らない)と、了承を出さなかったが、その後日、川口和秀は独立組織、二代目清勇会としての挨拶文を全国に通達した事により、二代目東組執行部との亀裂を深めた。
- 2022年2月、執行部は、初代清勇会会長東勇の意見を基に、川口和秀を絶縁とし二代目清勇会抹消を通達。また、若頭の三代目森田組組長・田村順一、中立派であった若頭補佐兼組織委員長の司成会会長・土方基成。若中の二代目清勇会若頭・大野大介の3名を除籍とし、三代目森田組及び司成会も解散、傘下組織も解散と引退、一部は他の東組傘下組織へ移籍とした。
- 同年3月、「再御通知」とし川口和秀は、(滝本博司の盃を呑んでないのに処分される筋合いがない。と、再度清勇会は独立団体とする)再通知を通達。
- 同年3月、東組執行部は、川口和秀の赤字の絶縁状を通達。
- 同年3月、「御通知」として、川口和秀は滝本博司の盃は呑んでいない。と言う意思は変わらず、東組からの処分ではなく、自ら個人名で自身の渡世引退と「二代目清勇会」の解散を明記し、関係各所に通達し、内部分裂騒動は終息した。
- 2022年4月、二代目滝本組組長・中江常雄が若頭に就任し事態は終息に向かった。後に大幅な人事異動が行われた。
系譜
初 代 - 東 清
組 長 - 森田至郎 - 引退・抹消
二代目 - 滝本博司
二代目東組組織図
組長 滝本博司
最高幹部
若 頭 - 中江常雄(二代目滝本組組長)
舎弟頭 - 木村純壹(木村組組長)- 勾留中
本部長 - 森岡憲史(森岡組組長)
若頭補佐兼副本部長 - 宮脇信行(三代目赤松組組長)
若頭補佐兼慶弔委員長 - 奥山康行(奥山組組長)
若頭補佐 - 神田英樹(二代目滝本組若頭・二代目司道會會長)- 勾留中
秘書室長 - 福本祐二(福本会会長)
幹部
小村博文(二代目久住組組長)
直参
木村雄治(四代目関谷組組長)- 服役中
林 久三(林組組長)
薮田 等(滝心会会長)
友田大地
組長相談役
桜井正友(桜井会会長)
組長付
西村 智
事務局 - 初田孝治 - 勾留中
本家付
金田信一
市野 保
土井圭希
竹本 勉(三代目赤松組若頭)
中嶋雄治(二代目滝本組行動隊長・司道會若頭)- 勾留中
中井作人
中井 鉄
過去の組織図
}}