財津晴敏
財津晴敏(ざいつ はるとし 1957年3月6日-)は日本の元ヤクザ。元指定暴力団・中野会・財津組?組長・解散済み。
略歴
- 大分県出身であり、同郷の中野会会長の中野太郎の付き人から幹部となった。
- 1997年8月28日午後3時20分ごろ、兵庫県神戸市の「オリエンタルホテル」4階のティーラウンジ「パサージュ」で、指定暴力団山口組のナンバー2である若頭の宅見勝が4人組の男らに射殺された。銃弾は10発ほど発射され、宅見の頭や首に命中。病院に運ばれたが約1時間後に死亡した。また、隣のテーブルにいた歯科医師の男性(当時69歳)も後頭部に銃弾を受け、緊急手術を受けたものの事件から6日後に亡くなった。犯人の男らは全員作業着の様な物を着て帽子を被っており、犯行後外に待たせてあった車に乗って逃走した。事件から数ヵ月後、犯行に関わったグループの正体が判明した。中野会組員である鳥屋原精輝?(とりやばらきよてる)、中保喜代春?、吉田武、川崎英樹?の4名であった。また、現場を指揮したのが同会財津組?組長の財津晴敏であることも判明し、首謀者を含めこの事件による手配者は全部で7人となった。ちなみに中野会とは、山口組の傘下である山健組の下部組織である。(後に2005年に解散)
- 2013年6月5日、財津は埼玉県狭山市の西武新宿線沿いにあるアパートに潜伏している所を兵庫県警に逮捕された。財津は逃げる素振りも抵抗する様子もなかったという。 任意同行先の埼玉県警狭山署で、指紋の身体的特徴が一致している事を確認。午後4時すぎ、逮捕状が執行された。
- 同年9月18日未明、兵庫県警は、犯人蔵匿容疑でさいたま市中央区の元中野会組員、吉岡正吉?(69歳)を逮捕した。吉岡は財津が指名手配されていると知りながら、アパートを借りるよう手配する等を匿ったとしている。
- 2014年3月14日、山口組最高幹部の宅見勝・宅見組組長(当時61歳)が射殺され、歯科医師の男性(同69歳)が巻き添えで死亡した事件で、殺人罪などに問われた元暴力団組長の財津晴敏被告(57歳)の裁判員裁判が開かれ、神戸地裁は無期懲役を言い渡した。
- 財津は逮捕時から取り調べの際は興奮する事もなく、「逮捕されて良かった、仲間は病院にも行けず、目の前で病死した姿が余りにも無念だった」と述べていた。現在服役中である。
- この項目は書きかけ項目です。
- 役職や名称等、人事の変更がされても、必ずしも最新の情報とは限りません。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
- 編集される際は「テキスト整形のルール(詳細版)」をご覧下さい。
- 他のユーザーに編集協力を依頼する場合は、下記の【このページの編集依頼】または【加筆・編集依頼】から編集対象のページタイトル・編集内容をできるだけ詳しく記載の上、依頼して下さい。
- 運営宛に編集依頼する場合は【メールで編集依頼】から依頼して下さい。
- ※悪質な書き込み、誹謗中傷や悪戯、あらし行為、虚偽内容の依頼については情報開示手続きを取った上で厳正に対処いたします。
【他の利用者に編集協力を依頼する】