酒梅組3代目。戦後酒梅組の再興を成し遂げたのが松山である。治安維持のため警察の要請に応じてそのお目こぼしで賭場が開けるようになり、それにより活性化してゆく。松山の時代が酒梅組の第一期の黄金期となる。松山は三代目山口組組長・田岡一雄とも兄弟分であり、自ら会長となって「全日本プロレス協会」を設立した。その役員には田岡の名前も連ねている。昭和36年(1961)に松山は亡くなった。


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